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こないだエスプレッソマシンを手に入れたというのに次はコーヒーマシンである。
しかしエスプレッソとドリップコーヒーというのは、そばとうどん、デスクトップとノートPC、スターバックスとブルーボトルのごとく似て非なるものだ。最後まんまなのはお約束だ。混同したり適当に同一とカテゴライズするなどもってのほかだ。ブルーボトルでフラペチーノを頼んだらドリッパーの中身をブチまけられるだろうし、自作PCパーツショップに行ってマックブックくださいと言ったらCPUクーラーのヒートシンクで八つ裂きにされるだろうし、香川でそばを頼んだりしたら(検閲削除)で(検閲削除)されても文句は言えない。
なのでマシーンが二つに分かれていても詮無きことなのだ。別のものは別のものとして尊重されるべきであって、リスペクトや友好を理由に同化することは差別に他ならないのだ…

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えらそうなことをほざきながら説明するとハリオ「V60珈琲王」はドリップコーヒーメーカーである。とは言っても『ハリオ独自のドリッパー規格「V60」に準拠した円錐形ドリッパーに、的確にお湯を注ぎ入れるためのサーバー』という性質が強い。

しかしこの「V60珈琲王」なる名称はどうにかならなかったんだろうか。なんだろう、このカッコつけなVとかXとかのアルファベットに名が体を表さない謎数字が付いた型番と、そこから唐突に生えてくるそのものズバリな漢字、最後に王とかつけて締めるスタイル。ぶっちゃけこれはアレです。中国の全く一流では無いメーカーが作った、動きはするけど中に何入ってんだろうレベルの安値でアジアに出荷している生活家電のパッケージに大書してありそうな名前。
中国製品も一流どころはとっくにグローバルだしそもそもこのV60だって実際に中国製なんだろうからエラソーにヨソの国の名付けセンスを云々するつもりは無いが、ハリオはもうちょっと名前の考えようはあったと思う。中国市場をメインに売るわけでもないでしょう。

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もうちょっとどうにかといえば外装もかなりひどい。半ば芸術的なまでの耐熱安プラ一体成型感。


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そして要所要所で思いっきりチリがあってない。あなたこれ10000円以上もするんですけど。2000円台の製品とかじゃねーんだからさ…

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コーヒーサーバー、V60ドリッパー、各々のフタ、計量スプーン、フィルター紙が付属。

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V60ドリッパーはポリカのものが付属しているが、同じ大きさの陶器やガラス、銅製のV60 ドリッパーならば使えるはずだ。ぶっちゃけ他のドリッパーでもサーバーとの合間に入る大きさならば使える。
別に保持機構があるわけでも無く、単に置くだけなので下手をすると付属品ですら出湯口から普通にズレるので注意。

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電源スイッチ。あっ、このレトロ家電感すっごくいいですね。狙ってやってるわけじゃなさそうだけど。最近の家電のインジケータのLEDはシャープに光りすぎである。

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電源スイッチの上にあるスイッチで容量を決定する。こちらのインジケータも若干くすんだ豆電球調のレトロな調子で点灯するのがとても好き。もちろんどちらもLEDだろうけど光の加減の問題。
見え透いた予言をしておくと、豆電球調のレトロな発光インジケータは今後趣味品としてちょびっと流行ります。いまや引く手あまたのニキシー管みたいなアレ。

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タンクは本体と一体成形で取り外しなどが出来ないため、水道水を入れる場合は別途容器に注ぐ必要がある。まあ凝るならミネラルウォーターを使うが、お手入れも少し面倒そうだ。定期的なクエン酸洗浄が必要なのはどのコーヒーメーカーも同じだろう。

なおコーヒーメーカーに良くある底面を加熱することで保温する仕組みもついている。コーヒーラヴァーの皆様には今更言うまでもないがこの仕組みこそ世の「不味いコーヒー」の立役者である。熱いコーヒーを飲むのなら入れたらさっさと飲めば良いものを、ご丁寧に「保温」して下さろうというお節介が生み出した、保温と言うよりは加熱に近い過剰な熱供給によって熱々のコーヒーはスゴイ勢いで酸化し劣化していき、あっという間に香りもなくすっぱニガイ汚水になる。
この製品ほどの「本格」派なコーヒーメーカーがこんなものを付けていること自体我慢がならない、と言っては言い過ぎだが、オンオフスイッチくらいつけておいて欲しかった気がする。そこまで熱々にこだわらなくても、良い珈琲は多少冷めても美味いと思うのだがどうか。ともかく入れ終わったら直ぐさまスイッチをオフにしてカップに注ぐようにしたい。

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とりあえず機能や特筆事項としてはほとんどこれしかないため、さっさと淹れてコーヒーを飲みたい。
V60ドリッパー用の紙は少量付属する。コーヒー界にはびこる怪しいエコ信仰からすると漂白していない茶色い紙が良いというが、実のところ茶色こそ着色だったり処理が雑だったりして雑味が混ざるというので、漂白してあるものが良いとおもう。凝る人や店ではコーヒー豆の挽き方に至るまで台形ドリッパーと違うものを強要してくるので備えを忘れないようにしたい。なんのだ。

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出水孔。

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じょろーん
淹れる時間は普通にただお湯が出る系メーカーより少々長い。プレ加熱時間を長めにとって集中的にお湯を出してみたり途中で止まってみたり蒸らしてみたり結構忙しげな調整が為されているのがわかる。

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そして蒸気と音はコーヒーメーカーにしてはかなり非常識なレベルで放出される。音についてはエスプレッソやグラインダー置いてるなら今更という程度だが、蒸気は本体上部が水滴まみれになり、まわりのものがしっとりするくらい出る。珈琲王本体も上部はかなりぐっしょりする。キッチンや給湯室ならどうと言うことはないが、紙を扱う仕事でテーブルの上だったりすると少々気を遣うかも知れない。そもそもコーヒーメーカーをそんなところに置くんじゃねえ。

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さてできあがりを見てみよう。


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おおおお…ドリップ後のコーヒー豆が見事なすり鉢状を…!

コーヒードリップ界においては、この"すり鉢"を毎回的確に作ることが出来ないものは人権がないものと見做されるが、ウソだが、そうは言ってもコーヒー豆の「土手」を崩さずにお湯を注ぐのは結構集中してやらなければ難しいもの。その作業をボタン一つでやりとげ、完璧なすり鉢を作る珈琲王、やはり伊達にコーヒーを漢字で書いているわけではないようだ。

そして飲んでみると普通に美味い。当たり前だが。
いや、ドリップでこれだけ変わるなんて!みたいなセリフを吐きたいところだし実際に変わることは変わるのだけど、まずV60タイプで淹れるのは初めてなのでなんとも。
V60の特性か珈琲王の技かは置いといて、なるほどかなり透き通った、クセや雑味のない味わいである。薄いというわけではなく、香りや旨みの良いところをおどろくほどきれいに抽出できている感じがする。なるほどドリップにおける神の妙技とはこのこと。

逆に言うとこれ、ちょっとまともなコーヒー豆をなるべく挽き立てで淹れないと薄く感じると思う。安売りの挽き豆で淹れても雑味が少なく好ましいが、同時に味や素っ気も少なくなる。
コーヒーユーザーの大部分がコーヒーに感じている好ましさは、実はコーヒーの旨みでも香りでもないクセと雑味だという説があるが、そういう意味では玄人向けなのは間違いないだろう。そもそも別に豆にも凝らない人ならこんな大仰なマシンを買う必要もないのだが。

なんにせよここまで完璧にドリップされると、「自分でやりたがる」系の玄人は仕事がなくなってしまう。どだいコーヒーというものは焙煎にしろブレンドにしろ、素人が趣味で手を出してどうにかなる領域ではなくすなわち玄人ごときがしゃしゃり出る幕はない。プロたるお店任せ業者任せにしたほうが美味しいに決まっているのだ。そこへ来て、玄人の最大の見せ場であるドリップすらマシンの方が上となるともはや玄人のレーゾンデートルなど消滅せしめ単にうんちくを振りかざすイタい奴に成り下がるだろう。玄人になんの恨みがあるんだ。

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さてこの珈琲王、いくら完璧なドリップができるとは言えかなり値段は張る。そのうえあまり質感の良いものではない。
つまるところこの値段は安っぽいプラスチック塊を買っている値段ではなく、完璧なドリップの妙技を買っていると考えよう。こういうコーヒーメーカーはちょっと他に無い。
確かに他の珈琲メーカーはハイパワーなボイラーだの断熱のポットだのレアメタルのフィルターなどを採用した豪華な製品があるが、多くはモノでありスペックシートを売っている状態でしかない。昭和も終わって家電のこもでぃてい化とスペック信仰の国産メーカーの凋落著しい中、消費者はその技、感性、ノウハウ、ソフトウェア、消費者体験に金を払うようになった。有名珈琲器具メーカーにしてV60規格の生みの親の持つ信念やノウハウをもって、体験を売っていると言えるコーヒーメーカーはこの製品くらいなものではないだろうか。

まあデロンギとかあたりの秀逸なデザインも一応体験を売っているし、細部に魂のこもった筐体というのも重要な体験ではありますが。Apple製品とかね。そこへ行くとこの珈琲王はデザインや筐体があからさまに手抜きであるのが非常に残念である。

この完璧な給湯調整はそのままに、「そういう製品」群のように今流行のミニマルデザイン、具体的に言うなら古材DIY系インダストリアルデザインの机に本格エスプレッソマシンと並べても全く遜色のないクラスのデザイン(ああヤダヤダ)をまとい、ハリオなのだからガラス部材も豪華に多用したりするがよい。そもそもV60系製品のフラグシップ的位置づけで有りながら付属ドリッパーがガラスですらないのはどういう了見か。なんならクラシックにサイフォンを思わせる形(ああヤダヤダ)でも良い。そういうコテコテの見え透いたおしゃれ感で良いのだ。
そして1万などと言わず2、3万くらいの強気設定で、サードウェーブのコーヒー屋がナンボのもんじゃこの一台で究極のドリップコーヒーを実現してやらあと豪語して市場に躍り出れば良いと思う。バルミューダとかはそういう仕事をしている。というかこの調整技術を手に入れたらあの会社なら間違いなくそういう商品を出してくると思う。


今のところ買いであるとは言わないものの、すごいコーヒーメーカーが欲しいならやはりこれしか無いと思わされる。もうちょっと色気があればね。